アンナ・レクニオ

 ヨーロッパ選手権と全米選手権がほぼ同時に開催され、一方の演技が頭に残っている状態でもう一方の演技を見ることができたせいか、特にジャンプにおいてこの両地域の女子選手たちの違いが明確に感じられました。その違いを一言で言えば『高さか回転速度か』ということでしょうか。欧州(特に旧東欧)の選手はどちらかといえば高さに重点を置き、一方でアメリカの選手達(FSで3Lzを試みた選手が何と16人もいます)は回転速度を速め、高さは無くとも高難度ジャンプ・コンボで勝負するという印象を持ちました。この流れは何も新採点システム導入後に起こったことではなく、女子シングルでルッツ・フリップがメダルの必要条件になったアルベールビル五輪後には起こっている気がします。(それ以前のことはよく分かりません)ジャンプの高さと回転速度に着目しながら、バイウル・ブティルスカヤ・スルツカヤ等の欧州輩出の女王達とヤマグチ・クワン・リピンスキー・(サラ)ヒューズ等のアメリカの輩出した女王達を比較すると、やはり概ねこの傾向にあてはまるように思います。フィギュアスケートはプロ・アマ問わず競技生命の短いスポーツで、それだけに特にショービジネスの本場アメリカにおいては若年でビッグタイトルを獲ることに大きな意味があり、ジャンプの跳びやすい体系変化が起こる前に5種類のトリプルを習得しておく必要がある(あった)のかも知れませんね。
 前置きが随分長くなってしまいました。私は、個人的にはヨーロッパ(旧東欧)スタイルのジャンプ、具体的には高さ・幅があり、ずっしりとした重量感すら感じさせるジャンプが好きです。現役女子選手で最も近いのはユリア・セベスチャン選手(ハンガリー)のルッツジャンプでしょうか。歴代のスケーターでいえば何といっても伊藤みどり氏、そして彼女と並んで私に強烈なインパクトを残したのが、今日の日記のタイトル、アンナ・レクニオ(レシュニーオ:ポーランド)氏です。彼女は残念ながらジャンプの安定性においてやや難があり、世界選手権のメダルには届きませんでしたが、私の中では少なくとも2種類のトリプル(ループ・フリップ)においては伊藤氏に勝るとも劣らない偉大なゴールドメダリストです。
98世界選手権SP動画
 このループジャンプ(0:46)の助走の速度・ジャンプの幅・・・凄まじいです。トウジャンプと比べエッジジャンプ、とりわけループジャンプはどの選手も助走速度をやや控えて跳ぶものですが、彼女はトップスピードを保ったまま豪快に踏み切っています。更には1:57のダブルアクセルの高さと流れ、これほどの質の2Aは滅多に見ることが出来ないと思います。
98世界選手権FS動画
 0:37のフリップジャンプ、本当に『タカイッ』ですよね。女子では私のベストフリップです(ルッツのエッジは微妙ですが)。私がジャッジだったら、今季示されたガイドライン(このガイドラインに従うと、ジャンプの入りで工夫がないと+2までしか出せないんですよね)を無視して黙って『+3』のボタンを押します^^SP二位発進で絶好のメダル獲得のチャンスだっただけに、後半のジャンプが決まらず点が伸び悩んだのが本当に残念な演技でした。
 ここまで読んで下さった皆様に、是非とももう少し時間を頂戴したく思うのが、彼女のこれより4年前(94年)の動画です。
リレハンメル五輪FS
 トリプルはループ・サルコウトウループの3種のみ、ほとんど成功していませんし、4年後と比較すればスピードもかなりの差がありますがそれでも高さと幅のあるジャンプに光るものを感じます。とはいうものの、何度も繰り返し、それこそテープが磨り減るほど見た当時は、これほど劇的な変貌を遂げることなど想像もつきませんでした。正直、クリスティーナ・チャコ選手ハンガリー)の方により魅力を感じていました。(もちろん、チャコ氏も素晴らしいジャンパーです)
 このレクニオ氏の16歳時と20歳時の演技を見て感じるのは、高難度ジャンプの習得は早ければ良いとは言い切れない、ということです。それよりも本来の『ジャンプ』の意味そのものに『高く、そして遠くに』跳ぶ、という技術を十分に磨いた後に次のステップに移るというスタイルが、少なくとも私の見たいと思うジャンプへの最短距離かもしれないと思いました。近い将来、レクニオ氏に感じたビッグサプライズを再び感じることが出来ることを願って止みません。