回転不足判定4

 ここで、判定に疑問を呈するメールをいただいたこともあり、唐突ですが回転不足測定の話に・・・はじめに書いておかなければならないことが・・・ISUによって明示された回転不足判定の基準というものは恐らくありませんので、これまで私が行ってきた、また、今日も行うジャンプの進行方向を基準とした測定は私が勝手にこうだろうと思っている方法です。しかし、難度的に余裕があると思われる男子トップ選手のダブルジャンプの多く・男女共にパンクジャンプのほとんどはこの方法でいう不足ゼロの角度で着氷していること(更に、それ以上に回転し、かつ、まともな着氷ができているジャンプを見た記憶がないこと*1)、加えて、過去の判定結果が“基準の甘い・厳しいはあるものの相対的に”概ねこの測定基準の結果に近いことなどから、間違ってはいないように感じています。(いくつか理解できない判定もあるのですが)また、ジャンプはかなりの勢いで踏み切り地点から着氷地点までぶっ跳んでおり(中国ペアのスロージャンプを想像してみてください)、ジャンプの進行方向以上に回ってしまうと、慣性の力に逆らう方向に流れていくこととなり、確実に不安定な着氷になる、ということも根拠の一つです、というか、これが最大の根拠です。着氷に係る慣性の力には、大きく分けてこの“踏み切り地点から着氷地点への力”と、“自転をしていることによる回転方向への力”があると思うのですが、理想的な着氷は空中で回転を終えてから降りてくるものですので、着氷時にかかる慣性の力は、前者のみを考えれば良いように思います。これまで、回転不足の基準がジャンプの軌道(空中での進行方向)にある、とする考えの根拠を述べていなかったように思うので、ここで書いてみました。
今回、判定の対象とするジャンプは、今季世界選手権女子シングルFSの浅田真央選手のトリプルアクセル(コンビネーションの方)と、キム・ヨナ選手の転倒したサルコウジャンプです。浅田選手もキム選手も大変な数のファンから熱烈な支持を受けていることもあり、取り上げることを避けたい気持ちもあるのですが、メールをいただいたこともあり、勇気を出して検証してみたいと思います。
 結論から先に述べると、浅田選手のトリプルアクセルの不足は135度程度、キム選手のトリプルサルコウの不足は105度から120度程度の不足であるように私には思えます。他選手の回転不足判定の出方を見ますと、同大会女子FSのDG基準は135度前後にあると思われ、浅田選手のトリプルアクセルをアウト、キム選手のサルコウジャンプをセーフとした判定に、個人的には、疑問はありません。
 回転不足の測定をするときに、真っ先にしなければならないこと、そして何よりも大切なことは“ジャンプの軌道の確定”だと、私は思っています*2。演技終了後に流される足元をアップで映した映像では、この“ジャンプの軌道”が、目の錯覚によるものなのか、場合によっては60度以上も違って見えてくることもあり、その確定には細心の注意を払わなければなりません。足元のスロー映像によるものだけの軌道の確定は真正面・又は真後ろからの映像以外では危険だと思います。
 この“目の錯覚”の一例ともなりうるのが、この大会のキム選手のサルコウジャンプです。動画をご覧ください。足元を映したスロー映像(7:14)では、このジャンプはフェンスと平行に近い軌道を空中で描いているように感じられないこともありません。しかし、全体を映した等速の映像(3:19)では、実際は、フェンスと平行ではなく、ほぼ垂直にフェンスに向かって進行していることが、ご理解いただけると思います。
実際の測定にあたって、私が手がかりにしたのが、等速映像でのジャンプの軌道(進行方向)と転倒した瞬間のブレードの向きです。図に表してみます。おわかりいただけるとは思いますが、これはリンクを真上から見た図です。

 映像が不鮮明で、着氷したときのブレードの向きはよくわかりません。しかし、『ジャンプの進行方向』と『転倒直前のブレードの向き』はだいたいこのような位置関係だと言ってよいのではないかと思います。(ちなみに、確認はYouTubeの映像ではなく、ハードディスクに保存してある地上波の映像で行っております)ここから、図に緑で印した実際の不足と氷上でのグリ降りの角度との『ズレ』が90度ほど生じている、ということができると思います。
次に、演技終了後に流れたサルコウ転倒時のスロー映像の『グリ降り』の角度を測定すると、半回転を更に超え、195〜210度程度のように見えます。ここから上で述べた『ズレ』の90度を引いた、105〜120度前後の不足というのが実際の判定ではないか、というのが私の測定結果です。キム選手のジャンプ、特にサルコウジャンプとセカンドトリプルはジャンプの進行方向と、着氷後に流れていく方向が90度近くずれていることが多いように思います。ちなみに、きれいに着氷した五輪でのサルコウでもやはり90度程のズレが生じています。
 今度は、浅田選手の3A−2Tのアクセルジャンプの軌道を見てみます。動画(1:40)こちらは、ほぼフェンスと平行方向に、わずかに、フェンスに向かって進行していることが分かります。(氷面に反射したフランスワインの看板を手がかりにすると、より分かり易いのではないかと思います)

 概ね、この図に印したような、ジャンプの軌道と着氷後の流れとなっており、実際の不足と氷上でのグリ降りの角度との『ズレ』はほとんどない、というのが私の見解です。スロー映像(6:35)で確認できる氷上でのグリ降りの角度は、私には135度程度に見え、これがそのまま、このジャンプの不足判定角度となったのではないだろうか、というのが結論です。
 繰り返しになりますが、裏づけのある検証ではありません。角度ももちろん、目分量での測定であり誤差はあると思います。参考程度にとどめてください。
*1 
回りすぎてしまったジャンプの例です。
村上大介選手09NHK杯フリー2A(4:02)
 村上選手は前半に二度の3Aを降りていますので、これは2Aを試みたものと判断してよいと思います。着氷する前に、すでにまともに降りることは出来ないと直感できると思います。ジャンプの進行方向に対して60度程度回りすぎて着氷し、その結果、ブレードがブレーキとなって足元が流れず、上半身がジャンプの進行方向に放り出されてしまっていることがわかります。回転が不足した着氷であれば、グリ降りによって、ジャンプの進行方向にブレードの向きを修正することができますが、回転過多の着氷では、グリ降りをすればするほど、慣性の力に逆らう向きにブレードが向いてしまいます。
*2
昨季の記事との重複になるのですが、極端な話、ジャンプがどの方向に向かって跳んでいるか、プラス、着氷時のブレードの向き、この2点さえ確認できれば、踏み切りの映像がなくても(つまり、ジャンプの種類・回転数が全く分からなくても)“着氷時の”回転不足判定は出来ると思っています。